第47回 がんと就労【2】がんになっても仕事を続けることの意味とがん就労の未来

私自身は、がんと付き合い始めて13年目です。そのほとんどの期間を、転職も交えながら、フルタイムのサラリーマンとして働いてきました。しかし、がん治療と就労を両立することに、難しさやジレンマを感じなかったことはありません。

病気や障害を抱えながら仕事をすることを目指しているのは、がん患者だけではないでしょう。しかし、政策提案またはメディアで取り上げられる機会が多いのは、がん就労です。今回は、がん就労について、お話ししたいと思います。

1. 早期がんの場合

今、ごく初期のがんと宣告された患者さんに出会ったら、私は、最初の治療のときは仕事も他の生活も脇において、がんという病に関して学び、治療に全力を尽くすようにお伝えするでしょう。その理由を、私の闘病生活からご説明します。

初めてがんと宣告されたときは、ステージはIでした。もしその時、治療に集中して生活を組み立てていれば、現在のようなステージに至らなかったかもしれません。当時は、企業で働きながら、社会人向け大学院にも通っていました。私は、大学院の授業の半分を1年遅らせつつ、勤務先と相談しながら就業を続けました。長期の傷病休暇をとった後に会社での待遇がどうなるか予測できなかったことが、勤務を続けた主な理由です。大学院の高額な授業料を支払うためにも、仕事は辞めたくありませんでした。

当時の主治医には、念のため術前に化学療法をして身体中に散っている可能性があるがん細胞を殺して、かつ腫瘍のサイズを小さくしてから、切除手術をするようにと勧められました。ですが、私は仕事を優先し、化学療法を受けずに手術することを選びました。もしあの頃の自分に会えるのなら、主治医の勧めに従うように説得するでしょう。治癒を目指す治療は、初期のがんでしか取り入れることができず、ここでがんと決別できる可能性もあったのです。

当時知り合った患者仲間は、ホルモン療法の標準的な治療期間とされる10年の治療を乗り切って、転移もなく寛解して、現在は定期観察のためだけに医療機関に通っています。患者それぞれ、がんの性質は異なり、私のがんは悪性度が高かったことも事実ですが、現在の私と彼女の状況は大きくかけ離れています。

2. 進行がんの場合

原発の腫瘍および同じ側のリンパ節(転移はなかった)を切除し、その後、通院でホルモン療法を受けました。ホルモン療法を続けている間に、がんが再発しました。初発手術から2年半が経過した頃でした。結局、その段階で、細胞殺傷性の高い抗がん剤を使うことになりました。ただし、完治のためではなく、延命を期待しての抗がん剤治療です。このときも、仕事は辞めずに続けました。

今は、再発しても就労を続けたことの恩恵を実感しています。がんの種類によっては治療方法も潤沢に存在しており、うまく治療と折り合いを付けた私は13年間もがんと二人三脚で命を永らえています。その長い期間を、治療だけに向き合って過ごしていたら、生きている意義を見失ってしまったかもしれません。自分ができる範囲の自己実現を目指すほうが健全だと思いますし、その手段のひとつが就労でした。もちろん、就労に限らず、地域活動や社会貢献でも良いでしょうし、今の時代はSNSやブログで情報を発信する手もあるでしょう。

仕事を続けたら治療に通えないのではないか、ハードな生活によって病状が悪化するのでないか、と先走って不安を感じる必要はないのです。病人だと自分で決めつけて、行動範囲をせばめてしまうのはもったいないことです。がんにかかる前まで自信を持ってこなしてきた仕事で社会に貢献できるはずだと自らが信じ、働く仲間を説得する。そうすることで、病気はあるけれども一人の社会人としての誇りを失わずにすむはずです。今後も多くの日本人が経験するがんという病気。企業が、社会が、働く仲間が、環境を整えることも大事ですが、自分を信じて、以前とは少し違う自分でも、できることをやってみることが一番大事です。

人はいつか亡くなります。就労は、亡くなる前に自分らしい自分を遺す大切な作業のひとつであり、がんになったからといってそのチャンスを手放す必要はないと思います。

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