第40回 緩和ケアと終末期ケアは別々に語るべき

10年前と比較すると、緩和ケアや終末期の在宅医療といったテーマについて、医療従事者とがん患者・家族とが話し合う機会は増えているように感じます。

私は、がんが初めて再発してステージ4になったとき、転移性脳腫瘍で手術したとき、そして胸に水が溜まって入院したときの合計3回、緩和ケアや終末期に関する考え方を主治医と話す機会がありました。

2014年に転移性脳腫瘍で手術した際は、入院した大学病院に緩和ケア外来が立ち上がって間がなかったように覚えています。院内の「がん相談支援センター」を訪問して具体的な情報を聞き、自宅近くの緩和ケアや在宅医療を提供している医療機関のリストを受け取って、地域での終末期ケアの取り組みを知るシンポジウムに参加した記憶があります。

この秋、胸に水が溜まったときは、同じ大学病院に入院しました。入院中に、主治医と緩和ケアについてじっくり話しました。それによると、今年から緩和ケア病棟ができたので、在宅治療に対応してくれる近隣の医師を探すのもよし、この大学病院に通院しつつ最期をここで迎えるのもよし、という説明でした。

しかし、終末期にいたる前の「緩和ケア」のイメージがまったくわきませんでした。緩和ケアの専門医とも面談したので具体例を尋ねてみたのですが、「不用意に怖がらせてはいけないから」という理由で答えてもらえませんでした。緩和ケアっていったい何?という部分が抜け落ちているので、腑に落ちない気がしました。

胸に水が溜まったとき、しばらくは気がつかず、普段どおりの生活を送っていました。電車に乗って職場へ向かう。パソコンで作業し、会議に参加する。自宅の近くで食材を購入して荷物を手に歩いて帰宅する。次第に、息があがって坂や階段がのぼれなくなり、続けて5分歩くと酸欠で頭がボーッとするようになってきました。湯船に漬かっていると水圧で胸苦しくなることもあり、何かおかしいとかかりつけの病院を受診したところ、すぐに入院することになりました。

入院したときは症状が強く、かなり辛かったです。「抗がん剤の副作用かもしれないし、夏に受けた放射線治療の後遺症かもしれないし、免疫療法の影響かもしれないし、がんの悪化かもしれない。理由は何であれ、今までになく苦しいから、こんな状態が続くくらいなら死んだほうがまし」という気持ちでした。

入院して、まず酸素を吸入することで息苦しさが減りました。3リットルを超える胸水を数日かけて抜き、やっと治療全体に関して頭をめぐらせられるようになりました。もしこれが、私の最期の3日間ではなく、この状況を脱してがん治療を続けられるのであれば、まだあきらめたくない。気力は戻った、と実感しました。

はたと気づきました。酸素を吸って胸水を抜く、これも「緩和ケア」なのではないかと。

前向きにがんと闘おうとしても、体調の悪化で治療に取り組む気力や体力がそがれることがあります。そんな状況をバックアップすることが緩和ケアなのではないか、と思いいたりました。そのことを、知人の医師や入院中に出会った看護師に伝えたところ、二人とも同意してくれました。がん患者の終末期ケアと、終末期に限らずすべての患者に役立つ緩和ケア。これらを区別して丁寧に説明できる医師が不足しているのが、日本の緩和ケアの現状のようです。

個々の患者の状況に応じて心身の辛い症状を和らげる具体的な方法を提案するのが「緩和ケア」で、それはがんの早期から活用すべきものであるということが広く知られ定着しないと、患者や家族が「緩和ケア」をイメージしながら取り入れることは難しいと思います。がんと積極的に闘う治療手段が残されている人の体力と気力を支えるための緩和ケアが、ごく当たり前になってほしいと切に願いました。

緩和ケアに関する情報は、日本緩和医療学会が運営するウェブサイトに詳しく掲載されています。

緩和ケア.net
http://www.kanwacare.net/

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