第4回 陽気に誘われ東京一長い商店街、戸越銀座を歩く

商店街の思い出

みなさんは普段商店街を利用しますか?私は自宅のそばには商店街が無く、最も近い商店街でも徒歩20分はかかります。以前の住まいは、台東区の谷中銀座の裏にありました。この商店街は色々な話題で取材に取り上げられる楽しい場所です。昔は山の向こうに沈む夕日がきれいに見えただろう階段「夕焼けだんだん」の脇には、近隣の住人がえさを与えて飼われている野良猫(まち猫?)たちがたくさん、のんびりと寝そべっています。大して長い商店街ではないですが、江戸を感じさせる飴細工の店や、オリジナルの惣菜が安いお店や、オーガニック食材を極めているカレー屋など、何度行っても飽きない、なにかがあるお店が集まっています。地元の人にも観光客にも人気が高く、日曜日の昼ごはん時は通り抜けるのもひと苦労なほどの人出です。こういった充実した都内の商店街に馴染んだ時期があるので、活気がある商店街に興味があります。

しかし、昨今の高齢化と都市移転型の人口形成により、首都圏を外れるとよほどの観光地でもない限り、商店街はがらがらの「シャッター商店街」の場合もあります。本日の目的地、戸越銀座商店街はいったいどんな商店街だろうと、期待しながら歩いてゆきました。

由緒ある名称、戸越銀座商店街

商店街というと、何故「XX銀座」と、「銀座」が付くのでしょうね。何でもかんでも「銀座」が付けば流行るわけじゃないでしょうに、なんて文化考証もなく思っていましたが、戸越銀座はいわれのある名称でした。まず「戸越」とは、江戸を越えた土地という意味の「江戸越え」に由来するということ。そして、大正12年(1923年)関東大震災で被害を受けた銀座(東京都中央区)から、当時ガス灯用の耐火レンガとして使用されていた白レンガを戸越の人が譲り受け、水はけが悪かった戸越の大通りなどに再利用させてもらった、というご縁で日本初の銀座という名前を譲り受けた商店街「戸越銀座」が誕生したそうです。ちなみに、各地の商店街に「銀座」がつくのも、この「戸越銀座」から広まった現象のようです。「銀座」(東京都中央区)とは江戸時代、銀貨の鋳造所とその役所があったことに由来する名称で、正式な町名は「新両替町」といったそうです。通称名の「銀座」が明治以降正式な地名となり、繁華街へと発展していきました。「戸越銀座」が前述の通り、繁華街「銀座」の名称をご縁あって譲り受けた後に、各地の商店街も、「銀座」(東京都中央区)の繁栄にあやかろうという意味もあり、「XX銀座商店街」が増えたようです。

戸越銀座商店街のちょうど東の端から入りましたが、確かに路面は白地のレンガを(入れ替えながら?)活かしており、かつ、まっすぐな道が西に向かって続いています。両側にびっしりお店が並んでおり、ご近所の方が買出し、という風情より、観光兼ねています、というカップルや、ディズニーランドに行くより安上がりな家族サービスです、という風情の大家族連れ、それぞれのひとが買い食いをしながら、ぶらぶら歩いています。商店街のサイトを見ても、買い食いできる食材を販売している店舗が多く、また、戸越銀座(江戸越)ブランドの開発にも力を入れているようで、商店街オリジナルブランド商品を扱っている店舗もたくさんあります。

一方で、チェーン系列の店舗が無いわけではなく、全国チェーンの100円ショップ、ファミリーレストランにコーヒー店もあります。しかし、可能な限り、地場のオンリーワンの店舗を盛り立てようと努力されているように感じます。

とりあえず終了地点まで歩いてみよう、と思い、まっすぐまっすぐ歩を進めましたが、途中JA青森アンテナショップがあり、このあたりで入手できない珍しい野菜に出会い、重いのについ買ってしまいました。その後はわき目も振らず歩いて、終点、実に直線距離1.5kmの商店街でした。

外国の人にも楽しい商店街

海外から来た友人と商店街をぶらぶらすると、自国にはないといって喜んでくれます。そのポイントは、「東京銀座や表参道のように、グローバルブランドの高級耐久財(被服、装飾品)や飲食店が続く幅の広い商業エリアというのはどの国のどの首都エリアにもある。また、食材を買いに行くような『市場』として生鮮食材およびそれに付随する材料を売る店がテントのような形で集まっている場はある。けれど、個人商店で固定店舗が、生鮮食材、中食の惣菜、料理店や喫茶店、銭湯からクリーニング店にマッサージ屋まで、一本の道の両脇に整然と並んでいて、一日中買い物などができるのは珍しいし、楽しい」ということです。
こうした商店街が、そろそろ銀座での爆買にあきて、日本の良さをもっと体感したいという海外からの観光客が訪れる場所になると、「シャッター商店街」からも脱出できるかも知れないですね。

自宅を出て商店街にたどり着き、ひとの間をぬって1.5kmの商店街を歩き、そしてそこから更に歩いて自宅に戻ると2時間のウォーキングコース、既に正午を回っていました。この距離のウォーキングは真夏だと外気が高いですし、熱中症対策のためにもこまめに水分を摂取しなくてはいけないので荷物も重くなります。これくらいの気候が歩くには最適です。

歩くこと、周囲を観察することの楽しさ

私は仕事がハードだった頃も、脳が沸騰して冷却が必要だと思うと、電車が無い時間帯まで仕事に集中して、帰路につくにあたっては、帰宅の途中まで無心に歩き続け、疲れて歩が止まるか道に不案内で歩くのが悩ましいところで、やっとタクシーを拾うということをしていました。歩き始めは、自分が取り掛かっていた仕事の内容を頭で反芻してしまっているのですが、15分も歩き続けると、次第に体の反応が勝り、ただ黙々と歩くだけの状況になりました。こうやって自分の頭を静め、帰宅するとすっきり眠れるのです。

しかしながら、当時は世間一般の人が活動している時間帯に、世の中はどうなっているのかなと、観察しながら歩く心の余裕はありませんでした。ハードな仕事からは足を洗い、治療と私生活の充実に重きを置く生活に転換したことで、病院帰りのオフィス街や、日曜日の近所の商店街から、今まで見えていなかった世界に気づくことができたと思っています。今まで自分が知らなかった、こんな世界が広がっているのか、と日常生活そのものが小さな旅の連続なのです。

いつも通り過ぎていても自分の「心で捉える目」が無かった昔、一方今はその「目」を大切に開いていることで、見える世界が違い、人生の豊かさも違うと実感する昨今です。横を通り過ぎた家族連れの笑顔にも私は笑顔をもらい、今日も生があることに感謝します。

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