特別対談

元プロサッカー選手 塚本泰史氏(大宮アルディージャ アンバサダー)

2015.07.24

挑み続けるということ
がん手術から5年、絆が支えるチャレンジ

~挫折を乗り越え、夢へと走る~

元プロサッカー選手 塚本泰史氏との対談

はじめに

プロ選手としてこれからという時に骨肉腫の宣告を受けた塚本泰史さん。「サッカーはもうできない」と言われながらもあきらめず数々のチャレンジを続け、再起をめざし走り続けています。闘病のこと、支えてくれた人たちとの絆、そして復帰への夢。手術から5年という節目の年に、あらためて率直な思いを語っていただきました。

塚本 泰史さん プロフィール

1985年生まれ、埼玉県出身。幼稚園からサッカーを始め、駒澤大学サッカー部在籍中には関東大学サッカーリーグでアシスト王を獲得、ベストイレブンにも選出される。大学卒業後は大宮アルディージャに入団し、レギュラーとして活躍するも2010年に骨肉腫が発覚。医師から「選手復帰は難しい」と告げられるが、あきらめず復帰に向けてトレーニングすることを決意。現在は大宮アルディージャアンバサダーとして活躍するかたわら、フルマラソンや富士山登山などのチャレンジを続けている。

骨肉腫という病気になって、
選手時代にはわからなかったことがわかるようになりました

矢崎:骨肉腫の手術をされて今年で5年ということですが、塚本さんは手術をされてから毎年フルマラソンや富士山登山などのチャレンジをされているそうですね。今日はそういったチャレンジについてお聞きしたいと思っているのですが、まずなぜここまでポジティブに方向転換できたかという部分にすごく興味があります。選手としていちばん脂がのっている時にがんの告知を受けたわけですから。

塚本:最初はもうなにも考えられなくて、泣きじゃくるばかりだったんです。「人工関節にするしかない、もうサッカーはできない」というふうに言われてしまって。でも両親や兄が、手術しないですむ方法はないかと治療法や病院を探してくれて、忙しいのに毎日つきあってくれて、すごく家族に迷惑をかけてるなと……。それに転移の可能性を考えるとそんなに時間の余裕もないんだろうなと思って、手術を決めました。

矢崎:こういう病気が発覚すると、スポーツ選手では病気を公表せずに手術される方もいらっしゃいますよね。

塚本:僕も最初は、病気のことをずっと黙っていました。チームのスタッフや選手にも知らせてなかったんです。でもやっぱり、自分の口からちゃんと伝えたいなと思って記者会見を開きました。それが思ったより反響が大きくて……。大宮のサポーターだけじゃなく、全国の方が応援してくれたんです。

矢崎:自分のチーム以外のサポーターから応援してもらえたというのは、想定外でしたか?

塚本:想定外でしたね。大宮とは関係ない試合でも塚本コールが起こったりして。他のチームの選手も街頭に立って募金活動をしてくれたりとか……。寄せ書きや千羽鶴もたくさんいただきました。

矢崎:それは感動しますね。

塚本:はい。ほんとうにたくさんの人に支えてもらって手術に臨んだわけですけど、やっぱり手術の後はこれからどうしようって悩みました。そんなとき、同じ骨肉腫で入院している女の子に出会ったんです。彼女は片足を切断していましたが、すごく明るくて、「塚本さんががんばっているからわたしもがんばれる」と逆に言ってくれて。毎日のようにデイルームでいろんな話をしました。いつか車椅子でバスケするんだって言ってました。すごく勇気づけられましたね。

矢崎:前向きに病気と向かいあわれている方のパワーというのはすごいですよね。私はもともと外科医なのですが、やはり肉腫の小児患者さんに逆に勇気づけられたことがあります。その患者さんは、肺への転移で胸膜全体が腫瘍のかたまりになっているような状態なのに、すごくポジティブなんです。塚本さんも気持ちの切り替えができたのは、ご家族やサポーターのみなさんはもちろんですが、その彼女の存在も大きかったわけですね。

塚本:そうですね。彼女と出会わなければ今の僕はなかったっていうくらい、大きな出会いでした。同じ病棟の子どもたちに勇気づけられることも多かったです。ほんとうの意味で気持ちの切り替えができたきっかけは、そこだったなと思います。そこからはもう早く復帰したいという一心で。

矢崎:相当なスピードでトレーニングを再開されたそうですが。

塚本:はい。先生に相談しまして、治療を半年で終わらせたいと。とにかく早くトレーニングに入りたかったんです。ですが、先生に追加で3クール抗がん剤をやったほうがいいと言われて、家族にも「生きていてくれなきゃ困る」と泣きながら説得されて、結局1年間は治療に専念しました。それでも3月に手術をして、その翌年の2月には本格的なリハビリを始めました。

矢崎:私は外科医時代は、抗がん剤治療を患者さんに受けてもらう側だったんですが、実際治療を受ける側のつらさって医師にもわからない部分があります。どんなことが大変でしたか?

塚本:1回目はぜんぜんきつくなかったんですよ。先が見えてるというか、とにかく復帰に向けてがんばろうという気持ちが強かったので。でも2回目、3回目はすごくきつかったです。もう気持ちが悪くて……。

矢崎:体重も減りましたか?

塚本:いやそれがですね、食べなきゃいけないと思ってけっこう無理して食べてたんです。そしたら最終的に18キロくらい太りました。

矢崎:抗がん剤の治療中は痩せる方が多いですけど、そこはやはり体力があるんでしょうね。大病をされて、つらい治療を乗り越えられて、意識が変わったことはありますか?

塚本:目標や夢をもつことの大切さを改めて感じました。病気になるまでは、ただサッカーが好きという思いだけでやってきたんですよね。プロになることを意識したのも大学に入ってからで、それが目標というわけでもなかった。でも今は目標があることによって毎日が生き生きしてくるというか、そういう感覚が大きくて。目標に向かって努力するのがすごく楽しいし、まさに生きがいです。それに、選手時代にはわからなかったことがわかるようになりました。

矢崎:現在は大宮アルディージャのアンバサダーとして活動されてるんですよね。

塚本:はい。アンバサダーという仕事をしてはじめて、目には見えないところでほんとうにたくさんの人がチームのためにがんばってくれてるんだなということを目の当たりにしました。そこを選手のみんなにもわかってもらいたいと思うようになりましたね。

矢崎:周囲の人たちの支えというものが見えてきたわけですね。

塚本:それは強く感じます。入院中も家族が毎日お見舞いにきてくれて、それがすごく支えになりました。治療がつらくてなにもできなくて、話もできない状態の日もあったんですけど、近くにいてくれるだけで安心できた。家族には感謝の気持ちしかないですし、ほんとうにいろんな方のサポートがあって今の僕があるんだと思います。毎年のチャレンジは、そんなふうに僕を支えてくれた人たちに対する恩返しという意味もあるんです。

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